泥中之蓮

現代という泥の中を生きるための智慧

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AUTHOR

寛音(ひろん)

般若心経と日常をつなぐエッセイ
『如意輪宝珠』著者。

ぬくもりを手渡すことだけを仕事にして、
九州で暮らしています。

ずいぶん遠回りをしてきました・・・

母子家庭に育ち、小学生の頃から休日はガテン系の現場で汗を流していた。そんな子どもを、近所の霊能者と神主さんが可愛がってくれた。実家は浄土真宗。けれど神社もお寺も教会も新興宗教も、分け隔てなく覗かせてもらえた。「どれかが正しい」と決めつけない感覚は、たぶんこの頃に育った。

高校生でバイト代を握りしめ、アジアとヨーロッパを一人で歩いた。卒業後はホテル観光業を皮切りに、不動産、飲食店の総支配人、アパレルのバイヤー兼店長、宝飾デザイナー、フラワーアーティスト、立体造形家、飲食店の出店企画――肩書きを数えるのをやめたくなるほど、職を渡り歩いた。

やがて葬祭業で独立。葬儀社、コンサル会社、人材派遣会社の3社を経営するまでになったが、ある日すべてを辞し、アジアを放浪した。

帰国後は商社役員として、グループ4社の海外事業部・社長室・企画室を兼任。台湾の上場企業に招かれ、董事長特助、プロセスコンサルタント、2D&3Dデザイナーを務めた。宝飾ブランドの海外総代理、台湾出店、渋谷109系ブランドの海外進出サポート――走り続けた先で、また、すべてを手放した。

無一文で帰国し、ネットカフェ難民になった。

そこからインターネットの世界へ。スペインに移住し、アメブロ総合100位以内、パワーブロガー認定。帰国してWEB制作とマーケティングで起業した。

同じ頃、もともとの霊媒体質が目を覚ます。肉も魚も白米も小麦も乳製品も、ある日突然受けつけなくなり、激しいデトックスとともに体重は1か月で20キロ落ちた。渋谷で占い師・ヒーラーとしてデビューし、やがて霊能者として九州から北海道まで呼ばれて歩いた。

都会を離れ、山奥へ。そこで待っていたのは、アイデンティティの崩壊だった。

ネガティブなものにばかり焦点を当てる生き方を手放し、施術をやめた。代わりに増やしたのは「天国時間」――好きなことをしている時間。すると状況はV字回復し、不思議とご縁のある人たちに助けられ、生かされていった。食の節制もやめ、普通のごはんを食べるようになった。

地に足をつけて生きようとした矢先のコロナ禍で、仕事は再びインターネットへ。同時に精神世界とのつながりは深まり、各地の神社仏閣に呼ばれるまま、住所を定めない旅の暮らしになった。

現在は九州にて、WEBサイト制作とインターネットマーケティングを生業とする。

人生のミッションは、

「ぬくもりの循環に貢献する活動」

そのための小さなきっかけを届けるべく、自らの経験と学びを発信している。

現代という泥の中を生きるための智慧

2500年前から流れてくる、
身体を先に整える智慧。

漏れず、溜めず、くっつかない。
その形を、先に置く。

クンバハカ

漏れの管理

乱れる瞬間に、形が先に入っている。肛門をきゅっと締め、肩の力を抜き、下腹に気を落とす。たった三点を先に整えておくだけで、動揺のたびに漏れていたエネルギーが、体の中にとどまる。

安定打坐

音が消えた空白

朝、静かに座り、ひとつの音に集中する。やがて音が消えた瞬間、回路がどこにも繋がっていない状態が一瞬だけ生まれる。その空白が、溜まったものを流してくれる。

如実知見

描かずに、見る

事実に物語をくっつけない。「こうあるべき」を手放して、いま目の前にあるものを、そのまま見る。くっつかないから、帯電しない。

三枚のカード

三枚には順番がある。

どっしりしていなければ、聞けない。
聞けなければ、見えない。

身体が先。心がその次。
眼はいちばん最後。

四枚目は、要らない。

なぜ、この三枚なのか

1 強く願うほど、遠ざかる

「叶えたい」と強く思うほど、なぜか心がざわついて、かえって苦しくなる。そんな経験はないだろうか。

心理学者のアイリス・マウスさんたちの研究では、幸せをとても大切にする人ほど、うれしい出来事の最中でも、幸せを感じにくい傾向が見られた。「もっと幸せでなければ」という基準の高さが、いまの自分にダメ出しをしてしまうのだ。

さらに、ガブリエル・エッティンゲンさんの研究は、もっとはっきりした結果を示している。理想の未来を心地よく思い描く人ほど、その後の努力が減り、結果も出にくくなっていた。

叶った気分を先に味わうと、心がゆるんで、動くためのエネルギーが落ちてしまう。

願うこと自体が悪いのではない。願いが「いまの自分へのダメ出し」に変わったとき、心は少しずつ冷えていく。

2 足すのではなく、蓋を外す

では、どうするか。

足すのではない。蓋を外す。

ぬくもりは、もともとある。失われたのではなく、遮断されていただけだった。その遮断を一つずつ外していくのが、三枚のカードの仕事になる。

「叶った気分を先に作る」のではない。邪魔しているものを、静かに外していく。研究が「足しても効かなかった」と示したことを、般若心経はもっと昔から指していた。

「智慧は、遮断を外すこと。足すのではなく、引くこと。」(第二節)

3 見える世界は「探しているもの」で変わる

わたしたちは、目の前のすべてを見ているわけではない。

バスケットボールのパスを数えてもらうと、画面を横切るゴリラの着ぐるみに、多くの条件で約半数の人が気づかなかった。

注意を向けたものだけが、くっきり見える。

さらに人には、すでに信じていることを裏づける情報ばかり集めてしまう癖(確証バイアス)がある。「どうせうまくいかない」と思っていると、その証拠ばかりが目に入る。

般若心経は、同じことを五枚のフィルターで語っていた。形あるもの、感じ方、名づけること、反応の癖、分けて知ること。この五枚が、ぬくもりを遮断していた(第二節)。

確証バイアスは、五枚のうちの一枚──「名づけること」にあたる。心理学がフィルターの存在を実験で示し、般若心経がフィルターの全体構造を示している。

4 身体を先に整える ── クンバハカ

フィルターを外すには、心の持ち方を変えるよりも、身体を先に整えるほうがずっと確かだった。

心理学には「if-thenプランニング」という方法がある。「もしAが起きたら、Bをする」とあらかじめ決めておくだけ。94の研究をまとめた分析で、目標を達成する力をはっきり高めることが示されている。

クンバハカの構造は、これとほぼ同じ。

乱れる瞬間に──肛門を締め、肩の力を抜き、下腹に気を落とす。意志で踏ん張るのではなく、形が先に入っている。

日中のトリガー時だけ使う。心理学が実験で裏づけた仕組みを、身体技法はずっと前から、形として持っていた。

どっしりしていなければ、聞けない。だから一枚目は、身体。

5 溜まったものを流す ── 安定打坐

クンバハカで漏れを止めても、暮らしていれば、溜まるものはある。それを朝いちばんに流してから、一日を始める。

脳には「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる回路がある。何もしていないときに動き出す、雑念のネットワーク。あのとき言わなければ、明日はどうしよう、あの人にどう思われただろう──。

熟練した瞑想者では、この回路の活動が低いことが確認されている。

安定打坐は、これを音で実現する。ひとつの音に集中し、やがてその音が消えた瞬間──回路がどこにも繋がっていない状態が、一瞬だけ生まれる。

その空白が、溜まったものをそっと流してくれる。

般若心経は「心に罣礙なし」と語っていた(第十一節)。罣礙──心に引っかかって取れないもの。それが消えた状態を、毎朝、座ることで取り戻す。

聞けなければ、見えない。だから二枚目は、心。

6 描かずに、見る ── 如実知見

身体が整い、心が静かになると、ようやく、見える。

引き寄せの教えでは「理想を描いてから、障害を直視する」二段構えを勧める。描いてから、見る。

如実知見は、一段目ごと手放す。描かない。ただ、見る。

事実に物語をくっつけた瞬間に、帯電が始まる。「こうあるべき」「なぜこうなった」──その物語が、握りになり、フィルターになり、次に見えるものを歪めていく。

描かなければ、帯電しない。帯電しなければ、くっつかない。くっつかなければ、蓮の葉のように、水が滑り落ちていく。

般若心経は「遠離顚倒夢想」と語っていた(第十一節)。あべこべの夢を、遠く離れる。離れるのではない、離れている。描かずにいれば、もともと離れていた。

三枚目は、眼。

7 蓮の葉

蓮は、泥の中に咲く。けれど、泥に汚れない。

葉の表面に微細な凹凸があるから、水が玉になって転がり落ちる。水をはじいているのではない。くっつかない構造になっているだけ。

クンバハカで漏れを止め、安定打坐で溜まったものを流し、如実知見でくっつかない。

漏れず、溜めず、くっつかない。

三枚のカードは、蓮の葉のような人をつくるための、三つの形。足すのではなく、蓋を外すための、三つの手順。

スペインの神経科学者カハールは、「人は誰でも、望むなら自分の脳の彫刻家になれる」と書いた。彫刻は、何かを足す仕事ではない。余計なものを削って、もともとそこにあった形を現す仕事。

三枚のカードも、同じ。余計にやっていることが、一つずつ減っていく。減った分だけ、ぬくもりが通るようになる。

現実世界という泥の中に、
生きやすさは、 もともとある。

探しにいくものではなく、
いまの暮らしの中で咲く大輪の蓮。

三つの水脈があります。
気になる方から、どうぞ。

どれも同じ池にたどりつきます。
順番も、正解もありません。

READ

マアトの再起動

5000年前から変わらない、
「生きやすさの法則」を
読み物として、静かに読む。

体の声、所作の丁寧さ、
心地よさの二つの種類。
古代と現代をつなぐ、
七つの小さな灯し方。

「もう少し深く知りたい」
と感じたときに。

読みに行く
RECEIVE

宝珠の栞しおり
『現代版 軟酥なんその法』

300年前から伝わる、
体をゆるめる古い作法をひとつ。
新しいワークではありません。

もう持っているものの、
置き場所を確かめるだけ。

「体から、ゆるんでいい」
と感じたときに。

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PRACTICE

ぬくもり
『蓮はすの葉は』

2500年前から流れてくる、
身体を先に整える智慧。
漏れず、溜めず、くっつかない。
その形を、先に置く。

朝の二十分と、
乱れる瞬間の三点。
今日から使える、
身体・心・眼の置き方。

「形から、整えたい」
と感じたときに。

形を置く

そして、その源にある
一冊の経。

三枚のカードと三つの水脈の源

般若心経・如意輪宝珠訳

般若心経を、体験の側から歩き直した記録。
サンスクリット原典から、全十六節を。

源をたどる

『如意輪宝珠』巻末からお越しの方へ

三つをひと巡り──小冊子『一日のしおり』

三つの水脈の実践を、一日の流れに置き直した二十三ページ。
印刷して、手元に置けます。

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